移植7回・流産2回。最後の移植を前に、体の土台を整えた4ヵ月
「この移植で最後にしようと思っています」
そう話されたのは、1人目の出産後に2人目の妊活を始めてから3年、胚移植を7回(うち流産2回)経験してこられた方でした。パートナーの状況や、ご自身の年齢も重ねたうえでの決断だったそうです。
最後に悔いが残らないように、「できることはなんでもしたい」。その思いで、当院にご来院されました。
この記事では、初診時に私が診た所見、施術方針、4ヵ月の経過、そしてそこから考えたことを、症例レポートとしてまとめます。この4ヵ月で変わったのは、移植の結果ではなく、体の土台でした。便通、睡眠、冷え、花粉症。その一つひとつが整っていく過程を、できるだけ具体的に書きます。
本症例のまとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 年代・性別 | 30代・女性 |
| 主な訴え | 手足とお腹の冷え、便秘と軟便の繰り返し、花粉症、睡眠の質への不安、肩こり |
| 妊活歴 | 1人目出産後より2人目の妊活を開始して3年/胚移植7回(流産2回) |
| 背景 | 医療機関で子宮内膜炎の指摘/年齢/「今回の移植で最後にする予定」 |
| 初診時の所見 | 脈:速く浅い/舌:はれぼったい(腫大)/手足・腹部の冷感/前頸部〜肩甲上部の硬結 |
| 生活背景 | 夜勤を含む勤務形態により、睡眠時間は短め |
| 施術頻度 | 週1回 |
| 施術の内容 | 頸部・肩甲上部の緊張緩和、腹部の鍼・灸、下肢の冷えに対する施術、生活習慣の指導 |
| 経過 | 便通が徐々に安定/花粉症の症状が軽減し服薬量が減少/睡眠の質が改善/冷えの自覚が軽減 |
| 転帰 | 来院から4ヵ月で胚移植へ |
| 役割分担 | 生殖医療(体外受精・胚移植)は医療機関で実施。当院は鍼灸施術と生活習慣の見直しによる体調管理のサポート |
1. 初診時の状態——脈は速く浅い、舌ははれぼったい、お腹は冷たい
初診時、脈は速く、触れても浅い状態でした。脈の速さは緊張や疲労が強いとき、脈の浅さは体の深部まで力が届いていないときによくみられる所見です。舌ははれぼったく、水分の巡りが滞っているときの典型的な舌でした。
自覚症状として挙がったのは、手足の冷えとお腹の冷えです。
- お腹に触れると皮膚の温度が低く、弾力も乏しい。
- 便秘と軟便を繰り返している。
- 花粉症の症状がある。
- 医療機関では子宮内膜炎の指摘も受けていました。
そして、夜勤を含む勤務形態のため、睡眠時間はどうしても短くなりがちでした。
さらに、前頸部(首の前側)から肩にかけて、強い硬さがありました。肩こりは本人も自覚されていましたが、実際に触れると、思った以上に広い範囲が硬くなっていました。
東洋医学的にはどう捉えたか
脈が速く浅いこと、舌のはれぼったさ、冷え、そして便通の不安定さ。これらを合わせると、東洋医学では「気・血・水の巡りが滞り、消化吸収をつかさどる脾(ひ)と、生命力の根っこにあたる腎(じん)の働きが低下している」状態として読み取れます。ただし、これは診察時点での私の見立てであり、検査で確定するものではありません。
冷えについても、単純に「温めればよい」という話ではありません。血流、自律神経、体温調節、食事量や活動量、睡眠。複数の要因が重なって、あの冷たさがつくられていると考えるほうが自然です。
だからこそ、温めることと同時に、緊張をゆるめ、眠りと排泄のリズムを立て直す必要があると判断しました。
2. なぜ「お腹」より先に「首」から整えたのか
冷えや便通を整えたいのであれば、お腹を温める施術から入りたくなります。実際、当院でも腹部への施術は欠かせません。
ただ、この方の場合は順番が逆でした。
前頸部の硬さが強いと、首まわりのリンパの流れが滞り、むくみが出やすくなります。そしてむくみは、内臓の動きの鈍さとして自覚されることがあります。
首は自律神経が通る場所でもあり、ここが固いと、全身の緊張が抜けきらない。お腹を温めても、その温かさが全身に巡っていかないのです。
たとえるなら、ダムです。せき止められて滞っている状態。いくら下流の流れをよくしても、ダムの通りが悪ければ水は上で止まったままになります。首まわりが、そのダムにあたっていました。
流れを変えたいなら、まず堰(せき)を開ける。 お腹を温めるのは、その次。
そこで最初の1〜2回は、頸部と肩甲上部、胸椎まわりの緊張をゆるめて「流れの通り道」をつくることを優先しました。通り道が開いてから、腹部と下肢の冷えにアプローチする。この順番が、この方には合っていました。
3. 施術方針——3つ
週1回の通院を前提に、次の3つを柱としました。施術はあくまで「体が自分で整うための手助け」であり、生殖医療の代替ではありません。
1:首・肩の緊張をゆるめ、流れをつくる
頸部、肩甲上部、胸椎まわりの硬結を丁寧に緩め、リンパと血流の通り道を確保します。ここが緩むと、呼吸が深くなり、施術後の眠気や脱力感として自覚されることが多い部分です。
2:お腹を温め、動きをよくする
腹部の冷えに対して鍼・灸を用い、内臓の動きと血流を促します。医療機関で子宮内膜炎の指摘を受けていたこともあり、腹部から骨盤内にかけての血流を意識した施術を組み立てました。あわせて下肢の冷えにもアプローチし、上半身に集まった緊張と熱を、下半身へ戻していくイメージで施術します。
3:睡眠と食事の土台を整える
夜勤のある生活リズムは変えられません。変えられない前提で、眠る前の過ごし方と、腸内環境・粘膜の材料になる食事を整えます。施術だけでは届かない領域を、生活の側で補う狙いです。
4. ホームケアとしてお伝えしたこと
1. 就寝前のストレッチポール
胸椎から肩甲上部にかけて、ストレッチポールに乗って5分ほど仰向けで呼吸を深める。肩まわりを「伸ばす」のではなく「ゆるめる」感覚で行っていただきました。強く伸ばすと逆に緊張が入るため、痛気持ちいい手前で止めるのがコツです。
2. お腹を冷やさない生活
腹巻きの使用、入浴は湯船に浸かること、飲み物は常温以上にすること。特別なことではありませんが、毎日の積み重ねが腹部の冷感には効いてきます。
腹巻きは「汗をかかない程度」に。汗をかくと、かえって体の熱を奪って冷えにつながります。温めることと、汗をかくことは同じではありません。
3. 腸内環境と粘膜の材料になる食事
便秘と軟便を繰り返す状態では、腸内の環境が安定していません。食物繊維と発酵食品を毎日少しずつ。加えて、粘膜の健康に関わるビタミンA、免疫の調整に関わるビタミンDを意識した食事をお伝えしました。
栄養についての補足
ビタミンDとアレルギー症状の関連については研究が続いている段階で、「摂れば花粉症が良くなる」と断定できるものではありません。当院は処方を行う医療機関ではありません。
4. 夜勤明けの睡眠の確保
睡眠時間そのものを長くするのが難しいため、帰宅後の遮光、就寝前のカフェインを避ける、入浴のタイミングをずらすなど、質を落とさない工夫を優先しました。
5. 4ヵ月の経過
■ 経過の概要(本人の自覚と施術時の所見より)
| 時期 | からだの変化 | 施術側の所見 |
|---|---|---|
| 1ヵ月目 | 施術後は肩が軽い。寝つきが少し良くなった気がする。便通はまだ日によって差がある。 | 頸部の硬さに改善。腹部の冷感は残る。 |
| 2ヵ月目 | 便秘と軟便の波が小さくなってきた。朝の手足の冷えが気にならない日が出てきた。 | 腹部の皮膚温が上がり、押したときの弾力が出てきた。 |
| 3ヵ月目 | 花粉症の症状が軽く、薬を飲む量が減った。眠りが深くなった印象がある。 | 前頸部の硬結が小さくなり、肩の可動域が広がる。 |
| 4ヵ月目 | 便通が安定。冷えの自覚が減り、移植に向けた体調管理がしやすくなった。 | 全身の緊張がゆるみ、施術後の反応が穏やかになる。 |
来院から4ヵ月で、予定されていた胚移植に臨まれました。「最後の移植」という決断に対して、できる限りのことをして送り出したい。それが、この4ヵ月の施術を支えていた私の正直な気持ちです。
6. 考察——交感神経が優位な状態だったのではないか
便通が不安定で、手足が冷え、睡眠の質も良くない。この3つが同時に存在するとき、私は交感神経が優位に傾いた状態をまず疑います。交感神経が強く働くと血管が収縮し、末梢の血流が減る。血流が減れば手足は冷え、内臓の動きも鈍り、腸の蠕動も乱れる。さらに緊張が続けば眠りは浅くなり、回復が追いつかない。
この悪循環に対して、緊張をゆるめ、血流の通り道をつくり、眠りと排泄のリズムが戻るきっかけをつくる。それが、当院が担える範囲です。
そして、この4ヵ月で起きた変化は、おそらく一つの要因ではありません。施術、生活習慣の見直し、季節の移り変わり、そして生殖医療の進行。それらが重なった結果として、便通が安定し、花粉症が軽くなり、眠りが深くなった可能性が考えられます。
7. この症例から言えること、言えないこと
| 言えること | 言えないこと |
|---|---|
| ・体調の変化を本人が自覚し、生活の組み立てがしやすくなった ・便通、睡眠、冷え、花粉症といった複数の不調を、まとめて扱えた ・週1回の通院を4ヵ月継続できた | ・鍼灸が移植の結果を変えたということ ・妊娠・出産を保証できるということ ・同じ施術をすれば同じ経過になるということ |
鍼灸が体外受精の結果に与える影響については、現時点で明確な結論は出ていません。だからこそ当院は、鍼灸を「結果を変える手段」ではなく「体調を整える手段」として位置づけ、生殖医療を担う医療機関の判断を最優先にしています。
8. よくあるご質問
Q. 妊活中でも、花粉症の薬は飲んでいいですか。
服薬の可否は主治医の判断です。自己判断で中断すると症状が悪化し、睡眠や体調に影響することもあります。当院からは「症状と服薬の状況を主治医に伝えたうえで相談する」ことをおすすめしています。
Q. 移植のどのくらい前まで鍼灸に通えますか。
当院では、移植の1〜2週間前までは通院を続け、移植当日か前日にもご来院してもらいます。ただし移植のスケジュールや体調によって異なりますので、主治医の指示を優先してください。
Q. 夜勤があると妊活に不利ですか。
勤務形態そのものが妊活の成否を決めるわけではありません。ただ、睡眠時間が短くなると回復が追いつかず、冷えや便通の乱れとして現れやすくなります。勤務を変えられない前提で、睡眠の質を守る工夫をすることが現実的です。
Q. 通院の頻度はどのくらいが目安ですか。
当院では週1回を基本にご案内しています。通院が難しい場合は2週に1回でも構いませんが、変化が出るまでには一定の期間が必要です。本症例では4ヵ月でした。
この記事を書いた人

市川博永(いちかわ ひろなが)
はり師・きゅう師(国家資格)/ふないり鍼灸整骨院 院長/レガロ妊活専門鍼灸院 院長
- 開業18年。延べ10万人以上の施術経験
- レガロ妊活専門鍼灸院にて100人以上の妊娠報告
- 中医薬膳師(元料理人)/IGL医療専門学校 講師/婦人科セラピー協会 講師・所属
- 自身も不妊治療を経験。その経験をもとに分子栄養学・中医薬膳を学び、妊活専門の鍼灸施術を行う
自己紹介動画:https://youtu.be/4274dTY4OuQ
参考文献・注記
- Qian Y, Xia XR, Ochin H, et al. Therapeutic effect of acupuncture on the outcomes of in vitro fertilization: a systematic review and meta-analysis. Archives of Gynecology and Obstetrics. 2017. https://link.springer.com/article/10.1007/s00404-016-4255-y
※ 本症例は一例であり、お体の状態や体質によってアプローチや経過は異なります。結果には個人差があり、妊娠を保証するものではありません。
※ 体外受精・胚移植などの生殖医療は医療機関で行われています。当院では医療行為を行わず、鍼灸施術や生活習慣の見直しを通じて体調管理をサポートしています。医療機関での検査結果や治療方針を尊重し、東洋医学的な所見(脈診・腹診など)と生活習慣・栄養状態を総合的に評価したうえで、施術や生活習慣改善をご提案しています。必要に応じて主治医との連携をお願いする場合があります。
※ 掲載にあたり、ご本人の同意を得ています。個人が特定されないよう配慮しています。




